2014年7月1日火曜日

【第20回宮崎映画祭上映作品その11】『太陽を盗んだ男』

2009年、キネマ旬報の「オールタイム・ベスト 映画遺産200」で7位にランクインされたのは同率で三本、黒澤明監督の「羅生門」と、本映画祭でも上映される山中貞夫監督の「丹下左膳余話 百万両の壺」そして長谷川和彦監督作品の「太陽を盗んだ男」である。
ベスト10を見ても全て50年代以前の作品が殆どを占めており50年代以降の作品は深作欣二監督の「仁義なき戦い」(1973年)が5位にランクインされているだけなのだ。
当時としては飛ぶ鳥を落とす勢いだったジュリーこと沢田研二主演のアクション、「青春の殺人者」で映画賞を総ナメにした長谷川和彦の第2作ということで前評判も高く1979年10月に鳴り物入りで公開された本作だが、興行的には全くと言っていいほど奮わなかった。



しかしこの作品ほど、観た者の心を魅了し、公開から35年経っても色褪せることがない作品は他にあっただろうか?庵野秀明、樋口真嗣、樋口尚文、大槻ケンジ、水道橋博士、江頭2:50、そして『ドキドキ!プリキュア』まで多くの影響を与えた幻の名作が35年ぶりにスクリーンで蘇る。

本作は「タクシー・ドライバー」の脚本家ポール・シュレーダーの兄のレナード・シュレーダーの日本人の妻チエコ・シュレーダーの発案から始まった。ごく普通の青年が原爆を作って時の政府を脅迫する。というアイデアで、チエコがレナードの口述を日本語訳した「名前のない道」と題された手書きのシノプシスが岡本喜八の元に届けられていた。
初期の段階でのタイトルは「The Kid Who Robbed Japan」だったが日本語に訳しづらいという理由から、準備稿の段階ではひとまず「日本 対 俺」という仮題で製作を進め、第2稿で「笑う原爆」となるも配給の東宝サイドが映倫の許可が下りないとNG、第三稿で「プルトニウムラブ」、第4稿には「日本を盗んだ男」、だが最終的に日本よりか太陽の方がでかいだろうと監督が原題をもじって『太陽を盗んだ男』になった。『太陽』というのは「日の丸」を表しており原爆が持つエネルギーの壮大さを揶揄する形に落ち着いたわけだ。

最初のシュレーダーの構想では、主人公が最後に金をかっさらって女とブラジルあたりに逃げる、という話だったが、長谷川監督は、そのラストではせっかくの原爆のネタが生きない、ということで2つの注文を出した。ひとつは原爆を作る過程で主人公が被爆させること。そしてもう一つは、三波伸介か伴淳三郎を想定してコミカルでお人好しのイメージであった刑事を、むしろ「野良犬」の三船敏郎が30年後に生き返ったような刑事にしてくれと頼んだ。男と男の対決のドラマにしてホモセクシュアルな関係になってもいいから、ある種の父親殺しの話にしようと提案した。

主人公の設定も悩みの種であった。コンピュータエンジニア、玩具工場の職人、警官などに会って話を聞いてみたが、どうもピンとこなかった。最後にいきついたのが中学校の物理の先生。科学的知見もあるし、教育の現場を通じて今の日本に疑念を抱いてる。



脚本の完成には2年近くを費やした。
出演交渉は、先ず山下警部役に菅原文太に話を持っていった。長谷川監督はそれ以前から、菅原文太、時々ゴールデン街で飲んでいたらしく、菅原乗ってくれた。「面白いじゃないか、やろうよ!」しかも、菅原の方から「主役にはジュリーなんかどうなの?」と言う言葉が飛び出した。そして、ジュリーこと沢田研二に主人公・城戸誠役の出演交渉。ジュリー曰く「ダイナマイトじゃつまらないけど、原爆なら面白い」とのこと。その場で、スケジュールをマネージャーに確認すると「この先1年半埋まっています」と。1年待って、3ヶ月丸々スケジュールを空けさせて撮影に挑んだ。
逮捕覚悟の皇居前や国会議事堂、高速道路、そして東急デパートでのゲリラロケ。現在では社会問題として取り上げられるような犯罪スレスレの撮影。平和団体からのクレームを押しのけて映画は完成する。一つ間違えば『ウルトラセブン』の12話「遊星より愛をこめて」や『ノストラダムスの大予言』みたいに再公開できない作品になっていたかもしれない題材だったが、監督の長谷川自身が広島出身の「胎内被爆児」であり、「原爆」という題材にのみ過敏になって映画撮影中に抗議に来た活動団体に対して、自分の「特別被爆者手帳」を見せて説明し、納得させたという逸話が残っている。

こうやって幾多の困難を乗り越え完成した映画は観る者の心を鷲掴みにしてラストシーンに向けて全力で疾走する。(未見の方のために敢えてここではストーリー紹介を割愛する。是非、スクリーンで城戸誠と一緒に疾走していただきたいからだ)シニカルなコメディであり、ペシミスティックなヒューマンドラマであり、絶望へ突き進むピカレスクなアクション映画は、この半世紀の日本映画では他に類を見ないといっても決して過言ではない。 

「エネルギーとは何ぞや?」誠が中学の生徒に向かって問う。「エネルギー」は「太陽」であり「原爆」であり「日本」という国そのものである。一旦、エネルギーという力を手に入れてしまった男は、その力をコントロールできるのか?現代の社会にも通じる「答え」のない生き様を35年前に描ききった長谷川和彦監督の最高傑作を見逃すべからず!



太陽を盗んだ男 The Man who stole the Sun
監督=長谷川和彦
脚本=長谷川和彦/レナード・シュナイダー
原作=レナード・シュナイダー
製作=山本又一朗
製作総指揮=伊地智啓
出演者=沢田研二/菅原文太/池上季実子/北村和夫/神山繁/佐藤慶/伊藤雄之助/風間杜夫/水谷豊/小松方正/西田敏行/草薙幸二郎
音楽=井上堯之
撮影=鈴木達夫
編集=鈴木晄
製作会社=キティ・フィルム
配給=東宝
公開日=1979年10月6日
上映時間(147分)

※余談であるが、テレビ朝日の刑事ドラマ『特捜最前線』の第29話「プルトニウム爆弾が消えた街」(1977年10月19日放映)、第30話「核爆発80秒前のロザリオ」(1977年10月26日放映 監督・佐藤肇、脚本・長坂秀佳)もテロリストがプルトニウムを盗んで原爆を作るという設定があり、本作より2年早くテレビで放映されており類似性を指摘する声もあるが、全く別の話と思ってもらって結構です。